電気けいれん療法(ECT)について

当院の治療方針

当院では、日本精神神経学会のガイドライン(2023年改訂版)に準拠し、
修正型電気けいれん療法(modified ECT, m-ECT)を安全かつ適正に実施しています。

ECTは、薬物療法が無効または不耐の場合に有効な治療法ですが、
麻酔を伴う医療行為であり、慎重な適応判断と十分なリスク評価が不可欠です。

当院では、外来で安全に麻酔管理が可能な症例のみを対象とし、
全身麻酔管理上のリスクが高い、または身体的合併症を有する症例については、
入院管理を要するか否かにかかわらず適応外としています。

安全性を最優先とし、必要に応じて専門病院・総合病院と連携いたします。


管理体制

当院のECTは、
精神科専門医・麻酔科標榜医である医師が、
診断・適応判断・麻酔管理を一貫して行います。

当院には麻酔科専門医の常駐体制はなく、
全身麻酔の安全性が十分に確保できないと判断した場合には施行いたしません。


適応疾患

以下の疾患を中心に、症状の重症度・治療歴・全身状態を考慮して適応を判断します。

  • 大うつ病(単極性・双極性)
  • 双極性障害の躁状態または混合状態
  • 統合失調症(特に緊張病型、感情症状を伴う場合)
  • 統合失調感情障害、統合失調症様障害、特定不能の精神病性障害
  • 緊張病、悪性症候群 など

その他の疾患(強迫性障害、身体疾患に伴う精神病性障害、パーキンソン病関連精神症状など)については、
標準的治療を優先したうえで、症例ごとに慎重に判断します。


除外基準(麻酔・身体リスク)

以下のいずれかに該当する場合、当院ではECTを施行いたしません。
入院管理の要否にかかわらず適応外とします。

呼吸・気道管理困難例

  • BMI 30以上(肥満による換気・挿管困難リスク)
  • 小顎症、オトガイ後退、巨舌症、短頸
  • 開口制限、頚椎可動域制限
  • 扁桃肥大、顎関節疾患、顔面変形
  • 閉塞性睡眠時無呼吸症候群(中等度以上)
  • 気管切開後、喉頭浮腫、気道狭窄既往

循環器系リスク例

  • コントロール不良の高血圧または低血圧
  • 心筋梗塞、狭心症(場合によっては概ね1年程度の慎重判定を行います)
  • 重度の不整脈、心不全、心筋症
  • 大動脈瘤、脳動脈瘤などの血管病変、脳腫瘍などの頭蓋内占拠性病変
  • 抗凝固薬 (ワーファリン、DOACs:リクシアナ、エリキュースなど)の内服
  • 抗血小板薬 (アスピリン、プラビックス、エフィエントなど)の内服
  • ピル、エストロゲン製剤の内服(パッチの方はECTを施行可能です)
  • ステロイドの使用

呼吸器・全身状態リスク例

  • 重度の慢性閉塞性肺疾患(COPD)
  • 間質性肺炎、肺線維症
  • 喘息
  • 重度肝障害・腎障害・代謝異常
  • 感染症、発熱、脱水、電解質異常
  • 糖尿病
  • 低アルブミン血症、高度フレイル
  • ASA術前評価クラス4以上

神経・骨格系リスク例

  • 骨粗鬆症
  • 脊椎・関節固定術後、骨折リスク高い例
  • けいれん閾値変動が大きい(抗てんかん薬併用など)
  • 脳血管障害の既往
  • 筋ジストロフィー、重症筋無力症などの神経筋疾患

麻酔薬禁忌・アレルギー

  • プロポフォール、チオペンタール、スキサメトニウム等に対する過敏症(卵アレルギー、大豆アレルギー、ポルフィリン症など)
  • 悪性高熱症の既往・家族歴
  • 妊婦または妊娠している可能性のある女性、および授乳中の女性
  • 緑内障

施行中止・延期の判断基準

次のいずれかに該当する場合は、当日または計画段階で施行を中止または延期します。

  • 検査値異常(心電図・血液検査等)
  • 体調不良、発熱、感染症兆候
  • 前回施行時に合併症が発生した場合
  • 医師が安全上の懸念を認めた場合

主なリスク・副作用

麻酔関連

  • 呼吸抑制、換気困難、低酸素血症
  • 血圧変動、不整脈、心停止
  • アナフィラキシー、悪性高熱症
  • 歯牙損傷、喉頭損傷、誤嚥性肺炎

神経・精神症状

  • 一時的な記憶障害・健忘
  • 頭痛、筋肉痛、倦怠感
  • けいれん遷延
  • せん妄
  • まれに脳血管障害

骨格・筋肉系

  • 圧迫骨折、関節脱臼(筋弛緩不足時)

その他

  • 代謝・電解質変動
  • 妊娠中の早産・流産リスク(妊娠中の方には施行しません)
  • 注射部位痛、静脈炎

同意・説明について

治療実施前に、患者本人または保護者に対して文書を用い、
以下の内容を十分に説明し、同意を得た上で施行します。

  • 治療の目的・方法・回数・見込み効果
  • 想定されるリスク・副作用
  • 緊急時対応および転院体制
  • 代替治療法の有無
  • 同意撤回の自由とその影響
  • 自身(施術対象者)について上記除外基準のいずれにも該当しないことの確認

同意書は診療録と併せて保管し、内容を随時再確認します。


責任の範囲と転送体制

当院は外来施設であり、入院管理・集中治療には対応していません。
治療中または治療後に全身管理が必要と判断された場合は、
速やかに連携医療機関(総合病院または精神科専門病院)へ転送いたします。


医師資格(医療法第6条の5に基づく表示)

  • 医師(日本国医籍登録)
  • 日本専門医機構認定 精神科専門医
  • 精神保健指定医(精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第18条による)
  • 麻酔科標榜医(医師法施行令第5条第1項による)

参考文献

  • 日本精神神経学会「電気けいれん療法(ECT)の適応基準における『患者本人の希望』に関する見解」(2023年12月20日)
  • 日本精神神経学会 編『ECTグッドプラクティス』(新興医学出版社, 2020)
  • 日本麻酔科学会「術前評価ガイドライン(2022改訂版)」